泉龍太郎教授

医学部に進んだのは,「人間とは何かを知りたい」という気持ちからだったと記憶しています。

Q.先生の経歴について教えてください
 医学部に進んだのは,「人の為になりたい」という高尚な理由でなく,「人間とは何かを知りたい」という気持ちからだったと記憶しています。大学卒業後は,本当は基礎研究に進みたかったのですが,医学を学んだ以上,臨床を経験しておく必要があると感じ,基礎研究にも力を入れている九州大学の第一内科に入局しました。2年間の臨床を経て,基礎系の大学院に進み,分子生物学を学んだのですが,だんだん欲求不満が嵩じて来ました。当時はゲノム科学の黎明期でしたが,実際に自分で行っていた研究は1~数個の遺伝子の動きや機能を解析することが中心で,これをいくら積み重ねても,生命活動の全体像が見えないように思われたからです。そんな時,立花隆氏の著された「宇宙からの帰還」に触れ,宇宙開発に興味を持ち,自分自身でも宇宙飛行士になりたいと思うようになりました。第2回目の宇宙飛行士選抜試験を受け,当然途中で不合格となりましたが(選抜されたのは若田飛行士),その時の縁で宇宙開発関連の仕事に就くことになり,それから約15年間,宇宙ステーションを利用した医学・生物学研究の取りまとめに従事しました。自分自身の研究活動を行うという立場ではありませんでしたが,工学系を含め,基礎的な生命科学から衛生学,精神心理の分野まで,幅広く勉強させてもらい,同時にスペース・シャトルや種子島からのロケット打ち上げへの立会い,度々の海外機関のスタッフとの交渉等,非常に貴重な経験をさせてもらいました。
 2009年,宇宙ステーション計画も軌道に乗ったのを機に,もう少し別の分野に進みたいという気持ちとなり,産業医として日本原子力研究開発機構で仕事をすることになりました。産業医と言うと,それまでと全く異なる職種と思われるかも知れませんが,宇宙機構での仕事自体が「宇宙に滞在する人間の健康管理」という側面が強くて内容的は共通する部分も多く,健康管理の対象が,一般の職種の方に広がっただけ,と考えることも出来ます。職場での健康管理やメンタルヘルスの重要性は,一般の方にもかなり認識が高まってますが,実際に仕事に取り組む環境としては,グローバル化や技術革新が進む中で,予算や人員削減,業務の効率化や業績評価等,厳しさが増す一方です。このようなストレスフルな状況下で,如何に身体・精神面の健康を保ちながら,仕事に前向きに,かつ楽しく取り組むことが出来るかが,今後の大きな課題だと思っているところです。

Q.先生の研究テーマについてお聞かせください
  先の質問の「経歴」の項で述べたように,元々の原点として「生命とは何か,人間とは何か」という疑問があり,その疑問に対してミクロからマクロ,大きくは人間社会集団としてのアプローチも勉強して来ました。現在,最も関心を持っているのは細胞生物学の分野で,生命活動が,個々の分子の運動の総和で説明出来るかどうか,という課題です。シークエンス技術が発達し,大量のゲノムを簡単に読めるようになり,また分子レベルで細胞内の個々の物質の動きを解析出来るようになりましたが,膨大なデータを得られる反面,生命現象の本質が捉えられているのかどうか,疑問に思うことも少なくありません。その一方で,ヒトを含めたいろいろな生物種を,個体として,あるいは集団として見た時,その多様性や頑健性,柔軟性に驚かされることも未だに多く,「生命を理解するとはどういうことか」という問い自体を見直しながら,その答えを探っているところです。