田中堅一郎教授

「野球で例えるなら外野手のように,広い範囲の至る所にボールが飛んでくるんです。そしてそれを取り損なうと,致命傷になりかねない場合だってあります」

Q.趣味,休日の過ごし方は?
 中学3年生の終わりぐらいから3年ほど前まで,ずっとトランペットをやっていました。大学ではオーケストラで,大学を出ても市民オーケストラで,また個人的にも演奏していたんですが,最近はどうもまとまった時間が取れなくて,十分練習できないでいます。
 ですから最近は,聴くほうが多いですね。ジャンルとしてはそうしたトランペットを使った音楽,クラシックが多いんですが,特に好きな作曲家がいるというわけではありません。
 また聴く曲は,バッハよりも前の時代の,モンテベルディといった17世紀頃のものが多いですね。あと,フランスの宮廷音楽家だったジャン=フィリップ=ラモーなど,あまり普通の人が聴かないような宮廷音楽をよく聴きます。

Q.志望者に向けて,一言お願いします
 心理学の研究対象はとても広いものです。野球で例えるなら,外野手のように,広い範囲の至る所にボールが飛んでくるんです。そしてそれを取り損なうと,致命的な結果になりかねない場合だってあります。
 この心理学という分野は,やはり野球に例えますと,基礎が出来ていないと難しいんですよね。「投げる,走る,守る」の基礎練習をしていない人がいきなり試合に出て,しかも「監督,打たせてください!」と無茶なことを言っているのと同じなんです。これでは三振して帰ってくるのが関の山ですよ。
 ですから私は,皆さんに基礎的なトレーニングを忘れないで頂きたいと思います。心理学の基礎的トレーニングとは,つまり自分の研究と関連する心理学の専門用語を理解する,心理学の専門誌を読んで理解する,研究法を理解して実際に簡単な実験・調査をやってみる,データをとったら分析方法について勉強する,といったことにあたります。若い人たちならば,ちょっと説明すれば理屈抜きで基礎練習をやってくれるようなところがありますが,しかし社会人の学生さんの場合,意外とそうでもないんですよね。いきなりバッターボックスに立ちたがる人が多いんですよ。
 社会人の皆さんは概してモチベーションがとても高いので,バッターボックスに立ちたがるのもその裏返しかもしれません。修士課程を志願される皆さんは,それぞれ自分なりの問題意識があり,それに対する思い入れも強いのだと思います。だからこそ,その問題について研究したいと考えるようになるわけで。その気持ちは,大切にして欲しいとも思います。ただ,それを具体的に科学論文という形にするとなると,「やる気」だけでは通じない話になってくるんですよ。修士課程2年という短い期間で大変でしょうけども,まず最初に論文作成のための基礎的な技術を習得して頂きたいですね。また逆にそれを習得しないと,良い論文は書けないだろうと思いますから。
 それから博士課程を志願する方に,一つお願いがあります。それは,自分の研究成果を積極的に学術雑誌へ投稿してほしいことです。心理学関連の専門誌へ論文を投稿すると,その内容を詳細に審査されます。場合によっては,かなり厳しいコメントが返ってきたりしますので,今度はそれに対してどう回答し対応するかを考えますから,論文の課題についてあらためて勉強する必要を感じたりします。私としては博士論文着手までに少なくとも3編の論文を作成して投稿して欲しいなと思っています。そうすれば,まず論文の内容も充実してきますし,博士論文の審査もパスしやすくなりますから。これは大変な課題かもしれませんが,目標は高く持ってもらいたいですしね。

Q.先生にとっての学問とは?
 難しい質問ですね。知的好奇心を満たすためだとか様々な言い方があるとは思いますが,私にとっては仕事そのものでしょうか。自分にとって学問は,少なくとも趣味や道楽ではありません。若い頃はそんなときもあったかもしれませんが,好きだとか関心があるだけでやれるものでは,既になくなっています。
 どうしてかというと,いくら研究者だといっても社会の動向やニーズを無視しては成り立ちません。どうしても世の中の動向,趨勢,社会的な要求をある程度は意識してやっていく必要があります。つまりそうなると,それは仕事になってしまうんですよね。
 逆に言えば,自分の知的好奇心や趣味指向だけで済まなくなった学問は本物だとも思います。たとえそれが本業でもサイドワークでも,その人の仕事になりうるほどの学問を持つということは,人間にとって大切な目標のひとつなのかもしれません。