竹野一雄教授


「イマジネーションを駆使することは、人間性を守ることだと考えております」

Q.担当科目の概要についてお教えください。
 博士前期〔修士〕課程では「欧米文化特講」、「イギリス文化特講」「英米児童文学特講」、「特別研究」を担当します。博士後期課程では「イギリス宗教文学特殊研究」と「特別研究指導」を担当します。

※博士前期[修士]課程担当科目について
 「欧米文化特講」では、欧米共通の重要な文化伝統であるギリシア・ローマの文化遺産と『聖書』を基盤とするキリスト教に対する理解を深めることを目的とします。両者の文化伝統は互いに様々な度合において反撥しあるいは協調しあいながら、今日に至るまで多大の影響を及ぼしています。古代ギリシア・ローマの伝統として、古代ギリシアの自然主義的思想、合理精神、民主主義、世界市民の理念、さらにローマ帝国の厳格な規律と法制度による世界統治、権威に対する敬意と国家に対する忠誠といったことなどが挙げられますが、他方、キリスト教の伝統として、人格的神中心思想、神の前での平等、隣人愛、個人の自由の尊重などは欧米文化の基底にあるものです。受講生には、ギリシア・ローマの文化伝統と聖書に由来する思想を併せて研究することで、欧米文化ならびに文学研究の深度と奥行を確保することを求めます。

「イギリス文化特講」は20世紀全般を通して健筆を揮ったイギリスの重要な作家グレアム・グリーンの文学世界を探究していきます。グリーの多彩な作品はそれが書かれた時代のイギリスあるいは世界各地の政治情勢や社会状況や人々の生活意識などを見事に反映しています。また、多様な主題が盛り込まれています――〈人間の顔を持った共産主義〉への憧れと現実の共産主義に対する不信、アメリカのリベラリズムとアメリカ型民主主義の押しつけに対する敵意、スパイ活動、二重スパイ、反政府ゲリラ、核同盟などの政治的主題、善悪の闘争、神の憐れみ、罪と贖い、棄教、殉教、事効論、苦難をとおしての救いなどの宗教的主題、内なる批評家、安楽死、義務および責任感などの倫理的主題、この他、人間のおそろしい憐憫の情、生の恐怖、自己発見、失われたイノセンス、故郷喪失などです。さらに、悲惨な幼時体験を持つ人物たちがグリーの世界の主要人物です。レイヴン、ピンキー、ウィスキー神父、リーヴァス神父、セァラなど、幼くして父親との関係が断たれてしまった者たち。かれらは、さまざまなオブセッション〔エゴイズムを 伴う憐憫の情、恐怖、絶望、人間不信、失敗、劣等感、憎悪、復讐心、自尊心、孤独、平和へ希求〕の犠牲者たちであり、オブセッションが〔殺人、姦通、裏切り、陰謀、高慢、虚偽〕といった罪を孕む要因になっています。
 忘れてならないのは、巧みな物語構成と多彩な物語技法の駆使です。グリーンは興味深いストーリーを物語る才能に長けていて、物語構成は見事な形式美(テーマ、テーマとその変化発展における有機的統一〕、パターン、リズム、平衡、対照、対称、調和、首尾一貫性)を備えています。とりわけ、探偵小説的プロット構造(追うものと追われるものというパターン)を特徴とし、洗練された意識の流れの手法を駆使し、映画の技法(フラッシュ・バック、カット・バック、カメラ・アイ、フェイド・アウト、時空モンタージュなど)を取り入れ、全知的視点を大胆に使用し、劇的アイロニー、反転、シンホリズムなども効果的に用いています。これらがすぐれた芸術作品を形作る重要な要素となっているのです。
 グリーン文学を研究することは、歴史的には第一次大戦後のイギリス、第二次大戦中と直後のヨーロッパ、そして第二次大戦後の米ソの影響下にある世界各地の係争地域の、政治情勢、社会状況、民族意識、歴史、宗教など、人間の存在条件と物語技法の学びを伴う作業であります。

 「英米児童文学特講」では受講生の皆さんにC.S.ルイスの『ナルニア国年代記物語』を中心にファンタジーを研究してもらいます。原作を熟読すれば、映画『ナルニア国物語』をもっと楽しめるようになるはずです。この作品とすでに映画化されたJ.R.R.トールキンの『指輪物語』、それにアニメ化されたアーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』は20世紀の英米圏における連作ファンタジーの三大傑作と私は考えています。
 学生の皆さんには、こうした非現実の世界を舞台にした物語を読むことで、日常の呪縛から自分を解き放ってほしいですね。イマジネーションを駆使することは、人間性を守ることだと考えておりますので。この作品を通じ大いに楽しんで研究して欲しいと思います。文学と映画の比較研究も歓迎します。

 「特別研究」(博士前期[修士]課程)では、私を指導教授に選ぶ方々が興味を持っているテーマについて、最大限の指導をしたいと思っています。私が、充分な知識を持ち合わせていない分野であるとしても一緒に研究し、各人の要望に応えていきたいと考えています。なお、これまでどおり、出願時点でまだ研究テーマが確定していない方々とは入学後にじっくり話し合って決めていくことにしています。

※ゼミ・個別指導・各科目について
竹野ゼミ:毎月1回、日大会館(市ヶ谷)での面接ゼミと各自が自宅に居ての双方向サイバー・ゼミを行います。
個別指導: メールでの指導以外に希望者に個別面接指導を行います。
講義科目: メールによる院生間の意見交換の機会を設け、共に学んでいることを実感してもらいます。

Q.担当されている学生さんの研究テーマについてお聞かせください。
 
これまで、私の指導を受けている院生たちの修論テーマをいくつか挙げますと、「C.S.ルイスのキリスト教的世界――『悪魔の手紙』に見る七つの大罪と七つの徳」、「『高慢と偏見』――様々な女性の生き方をめぐって」、「悲劇の研究」、「聖書の創世神話と神道の創世神話」、「『ジェイン・エア』と聖書」、「E. M. フォスターの世界-Only connect…を通して-」、「グレアム・グリーンのカトリック小説に見られる愛と罪のテーマ」、「イギリスのロー・ファンタジー研究」、「芥川龍之介の文学 -切支丹物の解読から-」、「遠藤周作『深い河』とグレアム・グリ-ン『力と栄光』の比較研究」などです。その他、私の個人ホームページの「学生の研究テーマ一覧」に多彩な研究テーマを載せています。
 過去には以下のような院生たちがおられ、みなさん無事に修了されました。
 トールキンの『指輪物語』を研究対象として選んでいる院生がおりました。その方にはまずテクストを熟読するよう言ったんですが、その結果、様々なことに思い当たったそうです。普通の物語とはどうも違うなと。
 たとえば普通の冒険物語でしたら、大抵何かを探しに行きますよね。しかしこの『指輪物語』では、指輪を捨てに行くんです。英雄的な登場人も出てくるのですが、普通の人物が成長していく物語なんですね。英雄物語に見られる外的闘争と私たちと等身大の人物の内的葛藤が融合している物語ですね。
 そこで、なぜこの作品は面白いのか、なぜ自分はそれに惹かれてしまうのか、なぜこの作品は自分に感動を与えるのかについて、自分なりの結論を探すよう指導しました。自分が感動したという事実を探り、検証していくことは、作品の核心へ到達するためのひとつの方法ですからね。
 とはいえ実際のところ、テクストの読み方は様々です。また、同じものから受け取る感動の質は、人それぞれ違っているかもしれません。ですがこうした論文で大切なのは作品がなんであるかを見極めると同時に、自分にとってその作品がどういう意味を持っているのかだと思うんです。また、結果として、その論文を読んだ人がその作品を読みたいと感じることが出来たのなら、それで良いんだと思います。とにかく学生の皆さんには、自分にとっての作品の意味を押さえた論文を書いて欲しいですね。
 また『指輪物語』は映画化されているので、文学と映画における表現の違い、言語芸術と総合芸術の違いについても、合わせて研究して貰うことにしました。
 ファンタジー関連のテーマでは、他にルイスのファンタジーをルイスの神学的見解を踏まえて総合的に研究される方などもいらっしゃいましたが、他方こうした文学作品研究に直接関わらないテーマが選ばれることもありました。
 たとえば、バレリーナの方がおられたのですが、この方は舞踏表現での聖書解釈に挑戦しました。バレエでキリストの物語を演じたいと、想像力を駆使した人物造形のプロセスを生かした研究をされ、舞台で見事に舞いました。
 あるいは、「ジェントルマンの研究」なんてテーマを選ばれた方もいらっしゃいますね。何をもってジェントルマンと言うのだろうかと、もしかしたら、そんなものは存在しないのではないかと。理想の男性像の探求ですね。
 この方の場合、一概にジェントルマンと言っても非常に範囲が広くなってしまいますので、文学作品に描かれたその像を検証することにしました。19世紀に書かれたジェィン・オースティンの作品を手始めに、他の女性作家の作品を検証して、それが時代の変遷と共にどう変わったか、またそれは現代の世の中でどう捉えなおされるかといった視点からの研究でした。
 さらに、客室乗務員の方がおられて、ワインに関して造詣が深くワイン学校の先生もされていたので、いろいろと話し合った結果、「聖書におけるブドウとワインの役割」というワインの専門家でなければ書けない修士論文を書いた方もおられます。また、神道の家に生を受けた院生の方はキリスト教にも関心があって、神道とキリスト教の対比研究を修士論文として完成させ、『神道とキリスト教』(彩流社)を出版しました。