呉川教授

「日本語の持つ感覚的・情緒的,ファジイな部分は外国人にとって未知の分野なのです」

Q.先生の研究テーマについてお聞かせください。
 私は日本語の研究や,日本語と中国語との対照研究をしていますが,主に語彙関係,特に「オノマトペ」と呼ばれる擬声語や擬態語を中心に取り組んできました。これは,日本語の語彙体系の中で,日本人の言語感覚の最も深い層と関わっている部分です。オノマトペは各民族の幼児体験によって累積したものといわれています。日本語のオノマトペは英語の3倍,中国語の2倍以上もあります。それらは,語音と意味が直覚的に結び付いているので,理性よりも感情に訴え,具体的でいきいきとしたイメージ効果をあげることができます。日本人であれば幼い頃から聞いているので,意味をすぐ理解できると思いますが,外国人にとってこれらを理解するのは難しいのです。なぜかというと,日本語のオノマトペは,言葉の概念化・抽象化がなされていなくて,対象世界が未整理なまま,ファジィな形で提示されているから,外国人にとって,日本語を理解するときの大きな障害となっています。実際,私自身も困った経験があります。 オノマトペはほとんど感覚的に捉える言葉であって,とてもファジィなのです。とても難しいのですが,私はとても興味を惹かれました。
 中国の大学では,私は日本語と日本文学を専攻していましたが,そのなかでもオノマトペが特に難しく,必死になって勉強しました。大変興味深い内容だったので,学んでいくうちにもっと知りたい,覚えたいと思うようになり,のめりこんでいきました。それが研究を始めるようになったきっかけです。
 大学4年生のころ,吉田兼好の書いた『徒然草』を読みました。彼は,中国の老荘思想や儒教の考えを,見事に自分の文章に溶け込ませているのを見て,大変感銘を受けました。私は元々,中国の古典が好きだったのですが,日本の古典にも興味を持つようになって,より深く日本の古典を勉強しようと考え,日本に来ました。
  日本の大学院では,主に古典文学や国語学史の勉強をしてきました。その後,中国語との対照研究を行って,これまでの研究成果を『オノマトペを中心とした中日対照言語研究』という本にまとめました。そして,国際文化表現学会で平成18年度の学会賞もいただきました。
 数年前,『源氏物語』のオノマトペに関する研究論文を書きました。その後,『源氏物語』の和歌の中国語訳について研究を始めました。和歌の形式,内容,美意識,修辞法(メタファーを含む)など,翻訳するときの理解や表現にはまだ問題がたくさん残っていますし,認知言語学の理論を応用した研究をしたいと思っているからです。
近年,私は日本語出自の中国の新語・流行語の研究も始めました。中国では「日源詞」と呼ばれています。つまり,日本語から中国語になった「逆輸入」の言葉です。いつ,どのように入ったのか,使い方にどのような変化があったのか,元となる日本語の意味とはどう違ってくるのかなど,総合的な研究を始めました。中国語に取り入れられた経緯(語源),語義・用法・表現の特徴,日中の相違を考察,分析すると同時に,それらの言葉のもつ文化的な意味,社会背景などもあわせて解明しようとするのが目的です。
  こうして,日本語と中国語を比較研究していくうちに,言葉はどんどん違った側面を見せてくれて,そういったことが,私には世界が広がっていくように思えるのです。